【ネタバレ】『ターミネーター:新起動/ジェニシス』を見る

 

プライムビデオで『ターミネーター:新起動/ジェニシス』を見た。

 

以下、ネタバレしかない話です。

 

スカイネットの反乱後の世界で、ジョン・コナー率いる人類がスカイネットに勝利する。敗北を悟ったスカイネットは、過去を改ざんすべくタイムマシンでT-800を過去(1984年)に送り込む。ジョン・コナーは母のサラ・コナーのもとへ、カイル・リースを向かわせる……

 

という、開始数分は第一作目につながる胸熱展開なんだけれども、カイルが1984年にやってくると、ジョン・コナーから聞いていた世界とは違っていた。すでにサラのもとには味方のT-800がおり、液体のT-1000とのバトルが繰り広げられていた。サラも、第一作目では普通の女性だったが、本作ではすでにT-800により戦士として鍛え上げられていた。実は1984年よりももっと過去、サラが幼い頃にT-1000が送り込まれ、そのサラを守るため何者かが味方のT-800を差し向けていたのだった……という、ややこしい話だ。

 

で、映画の冒頭から、人類の「預言者」となったジョン・コナーが登場するんだけども、あの、2作目のあの美少年のジョンとは印象の異なる、なんというか「ジョン……えらい胡散臭くなったんやな……( ノД`)」って感じだったが、なんと本作のラスボスはこのジョンだったという……。ジョンよ……。

 

レビューなんかを見ていると、シリーズのファンの方には「こんなのターミネーターじゃない」と仰ってる方もいて、「わかりみ」とも思える。ただわたしは全然前知識ナシで見たから、ドキドキして最後まで一気に見ちゃった。

 

ジョン・コナーがスカイネットに改造されて、T-3000になってしまって悲しい。あの未来は変えられるんだろうか。

 

椅子が欲しい

所用でイームズの椅子について簡単に調べていて、無性にアームシェルチェアが欲しくなる。

 

そんなときたまたまフリーマーケットで、ミニチュアサイズのアームシェルチェアを見つけてしまって、そうなるとますます欲しい。ハーマンミラー製のはさすがに軽いノリでは手が出せないから、リプロダクトでいいのがないかな〜なんてAmazonやオークション、フリマサイトなんかを徘徊して、時間を消耗している。

 

しかし、やっぱり椅子は実物を見て見てないとなかなか買えない。作りや素材感が写真じゃわからない。ネットで買いたいんだったら、正規店のを買うのが手っ取り早いんだろうなぁ。

 

その流れで、超久々にインテリア誌なんかを熟読し始める。昔、インテリア誌をよく読んでいて、家を出たらこんな部屋にしようと想像が膨らんでいたが、実際に一人暮らしを始めたら、わりとダサイ部屋のまま暮らしていた。これは想定外だったw

 

わたしにとって「民藝」ちゅうワードが、いつもひっかかってしまう。民藝趣味を徹底している部屋なんか見ると、なんだか黒い気持ちが沸き上がってきてしまうのだ。今ならそれが「嫉妬」なんだとわかる。ものすごく羨ましい。わたしも、自分の欲望のままに振る舞えたらいいのに。

 

実はわたしにも、骨董趣味が少しはあって、その業の深さに慄いている。自分の趣味にどっぷり浸かってしまうと、きっと破滅してしまうんだろう。若い頃はそれをわかっていなくて、いつもガス欠で過労気味だった。さすがにもう年齢的にも、無理ができないし……。

 

なんて、インテリア誌を読みながら深刻になってしまう。

『オール・ユー・ニード・イズ・キル』を見る

 

トム・クルーズ主演。小説もマンガも読んでない。最後のオチがオチてるのかどうなのかわからない。しばらく考える。原作とは話が違っているそうなので、そっちも読みたい。

 

主人公が回を追うごとに精悍になってくの良いけれども、ヒロインはキャラ的に『進撃の巨人』のミカサみたいな感じじゃないんかと思った。戦場の達人だからね。原作小説はそんな感じらしい(wiki情報)。

 

 

追記

 

軽く【ネタバレ】してます。

 

マンガ版を読んだ。小説版はまだ積んでいる。

マンガでは、ヒロインは繰り返しの能力を得ることで強くなったため、経験値だけ上がっているが、肉体は華奢な女性だ(といっても、数々の戦線を勝ち抜いてきたから、キツイ訓練にも耐えられる)。

 

映画版のヒロインは、すでに繰り返し能力を失っているから、屈強な戦士になっていてもいいのか。そもそも設定もかなりアレンジされているみたいだから、映画版と原作小説版、どっちも楽しみだ。

 

『シン・ゴジラ』を見る

 

kindleでエヴァのマンガを読んで、次回作についてあれこ想像していたまま『シン・ゴジラ』を見る。

 

画面の構図が絵を描く人っぽいというか、アニメーターが映画を撮るとこんな感じなのかと。ディズニーが作った『スター・ウォーズ フォースの覚醒』(エピソード7)を見た時も「画面がディズニーっぽい」と思ったけれども、それとは違う感じ。スターウォーズは、色の使い方がディズニーっぽいなぁと見てたんだけど。引きの絵で、人物を小さく描いて、口元を写さないカットは、アニメで絵の枚数を減らすためのアレなのかと思ってたけれども、演出なんすねスンマセン。

 

わたしは意外と(?)、アメリカ版のゴジラが好きだったりする。最初のニューヨークで暴れるゴジラもカッコいいし、新しい方のゴジラがかわいい。ということで、明日はゴジラ見ようかな〜。

 

プライムで2回も『シン・ゴジラ』見たのに、今度テレビでも放送があるらしい。

 

人形遣いとアニメ

大阪の文楽劇場に、11月の文楽公演を見に行った。文楽はかなり久々かも。

 

リンク:「桂川連理柵」「女殺油地獄」

 

文楽を見ながらふと、昔の人形遣いの名人は、今だったらアニメーターになるのだろうか……なんて考える。

 

人形浄瑠璃の人形は、中に人の形をした人形が入っているわけではない。頭、腕、脚がバラバラになっていて、人形遣いが3人で息をあわせて動かすと、本当に立体的で生身の肉体のある人のように見える。

 

文楽劇場 人形の展示

 

映像でも、まるで人に見えるように体を動かすのって、“そういう身体能力”が必要なんじゃないのかと思う。

 

 

文楽を見ながらアニメを連想したのは、今『「もののけ姫」はこうして生まれた』を読んでいたからかも。実際にはあり得ないキャラクターの動きに説得力を持たす思考錯誤が記録されていた。本当に物理的に正しい動きをさせると良いわけではなく、アニメ的な手法を用いて、より活き活きと動かしてゆくらしい。

 

反対に『崖の上のポニョ』では、アニメの教科書通りのテクニックではない表現をしたという話を、どっかでなんか読んだ気がする。