『帝都物語』を見る

 

プライムビデオで『帝都物語』を見た。そもそも、一昨年だったか荒俣宏さんの小説を読んでいて軽くハマっていた。映画も見たかったけれども近所のTSUYAYAにはなかったし、プライムビデオは便利だなぁ^^

 

小説の丸尾末広の世界がそのまま、イメージ通り映像化されていた。

 

『ジュラシック・ワールド』の次に続けて『帝都物語』を見たんだけど、『帝都物語』の方がSFXがすごいと感じてしまうふしぎw

 

もう、今の映画はSFXが普通過ぎて、CGも実写も同じように見えてしまう。というか、今の映画のSFXはたぶん全然本物っぽくなく、わざとアニメっぽくデフォルトして作られているんだろうけど、それを見慣れてしまっていて、違和感がなくなってるんだと思う。『ジュラシック・ワールド』の冒頭に、インドミナス・レックスが卵を割って出てくるシーンがあるけど、きっと、卵を割って出てきたばかりの雛(恐竜だけど)は、あんな動きはしないだろう(恐竜が生まれるところなんてみたことないけど)。『ジュラシック・パーク』でも、卵からヴェロキ・ラプトルが孵化するシーンがあって、あれは人形を動かしてるんじゃないかなぁ。動きがぎこちないんだけど、こっちの方が「生まれたて」な感じがする。

 

今の映像はどこがアニメーションでどこが実写なのかわからない。特別予算のかかった映画作品だけではなく、普通のバラエティー番組でもバンバンCGが使われているらしい。だから、非現実的なものもバシバシ描いちゃうんだよね。だけど、SFXが未熟だった時代は、なるべく非現実的なものは描かないで、実在するものに偏っている。それが本物っぽさが強調されてるんじゃないのかなぁ〜。たとえば初代の『ジュラシック・パーク』では、ティラノサウルスのロボットを作って撮影される様子を見たことがある。『ジュラシック・パーク』の名場面も、CGじゃなくロボットをつくって写してあるシーンも多く、そりゃ本物っぽいわと。しかも、恐竜なんて誰も見たことないんだから、作ったもん勝ちだw

 

『帝都物語』も式神や鬼が出てくるけど、そんなもの誰も見たことないんだから、どんなものでも説得力があるという。野村萬斎さん主演の『陰陽師』もゆるゆる見てるんだけど、これはCG使いまくっていて、なんかそれがうーん、ちょっとなぁ〜という感じ。とくに『陰陽師』は原作小説が大好きなだけに、CGバンバンつかう話じゃないだろうと、思ったりしたりしなかったり。

 

えーっと、そんで。

 

それっぽい感想を述べるならば、今なんとなく生きづらい社会になってしまっているのは、みんながいわゆる「第六感」とか「虫の知らせ」とか呼ばれるようなオカルトを信じなくなったからだろう。オカルトが排除された世界では、なにか枠にはめられないものと出くわすと、それをどう処理していいかわからない。「病気」や「障害」と診断できればいいけれども、そうではないものを、どう扱っていいのかわからない。「その他」というカテゴリがないと収集がつかないのだ。部屋の片付けも、細かく整理しても整理しきれないものがあって「ごちゃごちゃ」の引き出しを作らないと、部屋はいつまで経っても片づかない。非科学的なオカルトには「その他」や「ごちゃごちゃ」を内包する役割があったんだろう。

 

このへんの話は、また改めてブログに書きたいなぁと思っている。

 

近代は科学の時代だったのだろうけども、新しい時代は「ごちゃごちゃ」を内包できる社会なんじゃないかと思っている。